MOMENT ICHIKING

ラブライブデイズ、指にキラリ。

4thDay1とDay2の狭間で

昨日、Aqours4thライブのDay1がありました。
私はそれをライブビューイングで観ていました。

今日はDay2があります。今日の私は現地に行きます。


その前に、昨日のライブを観て抱いた思いを、ここに書きなぐっておきたいと思います。





3rdライブツアー。
あの時私は、Aqoursがプレッシャーや恐怖や不安と向き合いながらそれを乗り越えていくその姿に眩い輝きを感じました。
そして憧れました。激しく、激しく、憧れました。




でも、5ヶ月後の昨日、東京ドームのステージに立ったAqoursは、また違ったAqoursでした。

彼女らは開幕から惜しみ無く定番曲をたたみかけ、揺るぎないパフォーマンスを観客にぶつけてきました。

そこにいたのは、盤石なAqours。弱さや不安を微塵も見せない、自信と余裕に満ちたAqours

それが、あがいてあがいてあがきまくったその末にたどり着いた、Aqoursの今の姿でした。


彼女らが立っているのはあの時彼女らがμ'sの輝きを目に焼き付けた〈始まり〉の場所、東京ドーム。あれからたったの2年半で彼女らはこれほどまでに巨大な存在になったのでした。

Aqoursを「頼もしい」と評した劇中の聖良さんの言葉が思い出されます。


今の彼女らは太陽そのものです。




それと同時にに私は昨日、一抹の寂しさを覚えました。昨日のAqoursに私が感じたのは、憧れではなく自分との断絶でした。

MIRAI TICKET」で「輝きは心からあふれだすよ」と彼女らは歌います。
でも、彼女らの心と私の心は、本当に同じ心なのでしょうか。
彼女らはあまりにも大きく、私はあまりにも小さい。


Aqoursとの〈出会い〉が私をちょっとだけ変えた。前回の記事の最後の方で、私はそんなことをちらっと書きました。
でも昨日のAqoursの輝きが照らし出したのは、どんなに私が変わっていないのかという事実でした。

彼女らは2年半で大きく変わりました。
でも私はちょっとしか変われていない。いや、その「ちょっと」すら本当に変われたのかどうかわからない。

彼女らは届かないところに行ってしまったような気がします。自分のペースで歩いているうちに、私は置いていかれてしまったような気がします。


そんな一抹の寂しさを私は覚えました。


私はAqoursという太陽にアテられてしまったのかもしれません。


私はAqoursという船に乗船することを許されているのでしょうか。私はNo.10として彼女らに呼びかけてもらう資格があるのでしょうか。


もっともっとあがかないといけない。あがいてあがいてあがきまくって、もっと変わらないといけない。

そうしないと私は彼女らの「君のこころは輝いてるかい?」という問いかけに心からYes!と叫ぶことができません。




Aqoursと会えてよかった。

Aqoursって不思議な存在です。Aqoursは私に、本当にいろんな気持ちを抱かせます。時に憧れと希望を。時に断絶と絶望を。

そして、もしかするとその断絶と絶望はまた、憧れと希望に変わるのかもしれません。

「君ここ」で心からYes!と叫びたい。
彼女らの輝きに自分の輝きも負けてないぞと主張したい。
そのためには、あがいてあがいてあがきまくって、もっと変わらないといけない。

この想いを確かめ、持ち続けること、それが今の私の“ミライチケット” になるのだろうと思います。



東京ドーム現地。めちゃくちゃ楽しみです。絶対楽しみます。
それれとともに私は今日、この想いを再び感じるために、そこに行きたいなと思っています。