MOMENT ICHIKING

ラブライブデイズ、指にキラリ。

普通怪獣いちきんぐ

皆さま、あけましておめでとうございます。いちきんぐです。

 

そしてダイヤちゃん、お誕生日おめでとうございます。

 

 

今回は元旦の突然の自分語り。

これまで敬体で書いてきたけど今回は常体で書きなぐる。ハイパーウルトラモノローグ。

 

私は今、修士論文の締め切りを目前に控えている。締め切りは1月7日。

だが実は状況が非常にやばい。出せるかどうかレベルでやばい。具体的にどうやばいのかは恥ずかしいから言わない。

 

 

私の専攻は哲学。

修論がやばいとか言っているやつがこんなことを言うと笑われるだろうが、博士課程に進学したいと考えている。その博士課程の先にあるのは、研究者という道だ。

大学院修士課程への入学時点で、将来は研究者になりたいと思っていた。

哲学的なことを考えることが好きだったから。

 

しかし実は、修士課程に入ってからいろいろなことが重なり、自信もやる気も失っていた期間が結構続いていた。結構。どのくらいかというと、1回留年しちゃったくらい。

いつからか哲学書を開くと、それを楽しむよりも先に自分の思考力の無さへの劣等感が生まれてくるようになった。自分の無知を突きつけられるのもさらけ出すのも怖くて、研究室にも行けなくなった。

からっぽだった。自分が何者なのかわからなくなり、自分が存在しているということが世界にとって余計なことに思えた。道を歩きながら「ここにダンプカーでも突っ込んで来てくれたら楽なのに」とか毎日思っていた。だけどそんな自分から私はなんとなく目をそらしていた。

 

そんな中、去年の4月頃、いいかげん自分の人生とちゃんと向き合おうという思いが私の中に湧いた。

研究者の道は無理だ、そのことを認めて、諦めよう。そう本気で思い、私は(他の人から少し遅れて)就活をすることにした。

 

 

だが諦められなかった。

Aqoursとかいう存在のせいだ。

ちょうどその頃にあった3rdライブツアーで、Aqoursに〈出会って〉しまったせいだ。

 

私は、Aqoursの輝きに魅せられてしまった。

自身の不安や劣等感と戦いながら大きくなっていくAqoursに、強い憧れを抱いてしまった。

Aqoursの消費者としてではなく、Aqoursと同じようにあがきながら生きる“10人目”として、Aqoursと相対したいと思ってしまった。

Aqoursに、「輝きたい」と思わせられてしまった。

 

輝くこと。それはあがくこと。あがいてあがいてあがきまくりながら、自分の純粋な気持ちを貫くこと。

自分にとっての輝きはどこにあるんだろう?

明らかだった。哲学をすることには純粋な楽しさがあった。ワクワクがあった。

研究の道を諦めれば楽にはなるのかもしれない。哲学をすることの純粋な楽しさを諦めれば、自分の思考力の無さや無知を突きつけられて劣等感にさいなまれることはなくなるかもしれない。でもそうやって選びなおした「ほどほどの」道に、自分にとっての輝きは無い。

3rdライブツアー最終日のLV、最後のMCを終えWONDERFUL STORIESを歌うAqoursの姿を見ながら、そんな確信が私の中に生まれた。輝きを諦めたくないと思った。

 

そうして私は結局、研究者を目指すことを諦められなかったのだった。Aqoursのせいで。

就活の結果内定をいただいた企業はあったが蹴ることにした。

私はあらためて博士課程への進学という方向へと進路を選択した。

 

 

やる気もなにもかも失っていた私は、“0”以外の何ものでもなかった。そこからのスタートだった。

何もない普通怪獣。がおー。

だけど、0を1にしようとあがいているかぎり、他人と比べる必要なんてない。0を怖がる必要なんて本当はないんだ。そう思うようになった。

 

 

3rdライブツアーが終わって半年が経とうとしている。

私は0を1にしたのだろうか?私は何か変わったのだろうか?

あれから哲学の勉強は重ねてきた。勉強はつらい。死にそうになりながら、ドイツ語のテキストをこつこつ読んだりしてきた。この半年間、自分の中ではっきりと積み上がったものはある。前に進んでいるという感覚はある。

 

 

でも結局、修士論文であほみたいに手こずっているのが今だ。

お前はまだまだ“1”にはなっていないのだという事実を突きつけられている。

 

それなのに不思議とぎりぎりのところで心は折れない。Aqoursのせいだ。

1週間後に修論がどうなっているかは今の私は知らん。

だけど溜め息をついたり嘆いたりするような気分になれない。Aqoursのせいだ。

とりあえずあがく。あがくことをやめない。そうしたい。

 

 

一年前の私はあがけなかった。一年前の私は、自分の“0”を本当には見つめることができなかった。

あがききる。

そうすることこそ、私が去年1年間の中でAqoursと〈出会った〉ということの証明。