深呼吸の時間

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歌舞伎を観た話:2021年11月~2022年6月のいろいろ

 ときどき歌舞伎を見るのですが、歌舞伎を見ても内容を忘れがちなので、最近見た歌舞伎の備忘録を書いておきます。あくまで自分用のメモ程度。

 なんとなく去年の11月以降のやつをば。全部歌舞伎座です。

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① 2021年11月 第2部



1)『寿曽我対面ことぶきそがのたいめん

 曽我兄弟の仇討ちを題材にした「曽我物」を代表する演目です。曽我兄弟が父の仇とついに対面するシーンを華やかに描きます。兄の曽我十郎祐成そがのじゅうろうすけなり中村時蔵が、弟の曽我五郎時政ごろうときまさ坂東巳之助が演じました。悪役の工藤祐経くどうすけつね尾上菊五郎。品と貫禄がありました。ただ、工藤が曽我兄弟の父を討った様子を物語る場面は微妙にセリフがわかりません。もっとセリフがちゃんとわかるようになりたいですね。あと工藤、時節が来た時に兄弟に討たれることを受け入れるの、悪役なのに物分かり良いですよね。こいつ本当に悪役か? そのせいか、似た感じの演目「車引くるまびき」よりも上品な感じの演目です。でも「車引」の方が意味わかんなくて自分は好きかも。


2)『連獅子れんじし

 片岡仁左衛門片岡千之助の2人による『連獅子』です。2人の獅子の精は親子という設定ですが、仁左衛門と千之助は実際に血の繋がった祖父と孫。
 一言で言うと超やばかったです。まず前シテの仁左衛門がなんかすごかった。一挙一投足が心に染み込んできました。千之助も動きが柔らかでとても上手。谷底から這い上がるところとか。後半は獅子頭の回転がびっくりするくらいそろってて大興奮。これまでに見た連獅子の中で間違いなく一番感動しました。最高。あと2人とも顔が良い。
 ちなみにこれ河竹黙阿弥かわたけもくあみ作らしいです。どこにでもいますね、黙阿弥。


② 2021年11月 第3部


1)『花競忠臣顔見世はなくらべぎしのかおみせ

 忠臣蔵は歌舞伎の脚本の中でもメジャーなテーマの一つ。この演目は、そんな忠臣蔵のお話を、場面転換しまくりながらものすごい勢いでたどります。なんか外伝をないまぜにして一つの筋にまとめたやつらしいです。塩谷判官えんやはんがんの切りつけ事件のくだりから始めて、高師直こうのもろなお邸討ち入り後までやります。
 しかしいっぱいキャラが出てきて正直もう全然詳細を覚えていないです笑。同じ役者が複数の役柄をやるし笑。とりあえず松本幸四郎が演じる桃井若狭之助ももいわかさのすけって人が話の中心だったのかな?
 楽しくはあったんですが、ぶっちゃけ、もっと丁寧に一場面一場面の情緒を味わいたかったなあという気持ちがありますね。そんなこと言ったら作品のコンセプトの否定になるかもしれないけど……。でも忠臣蔵の全体像を感じることができたのはよかったかなと思います。


③ 2021年12月 第1部



1)『新版しんぱん 伊達だて十役じゅうやく

 『伽羅先代萩めいぼくせんだいはぎ』をもとにした早替わり狂言の主演を市川猿之助が務めます。一人で十の役を演じる馬鹿なやつです。前半の幕は『先代萩』の「御殿」「床下」をほぼそのまま演じる重厚な時代物パート、後半の幕「大詰」は早替わりをスピーディーに楽しませる新趣向のパートです。
 ちなみに『伽羅先代萩』は仙台藩のお家騒動を題材にした物語。お家乗っ取りを企む悪役仁木弾正にっきだんじょうと、それを阻止しようとするお家の忠臣たちの戦いのお話です。
 早替わりの中でも演技の質が落ちないのが流石は猿之助。まず前半は、乳母政岡めのとまさおかの演技に圧倒されました。具体的には、主君鶴千代つるちよの代わりに毒を食らって死んだ我が子の亡骸を政岡が抱きかかえるシーン。「でかしゃった!でかしゃった!」と言いながら泣き叫ぶ政岡の悲痛な姿に、涙が出てきました。我が子が死んで喜ばしいわけはないのに、「でかしゃった」という武家の言葉で呼びかけることしかできない政岡のジレンマ。そしてそのシーンの後に(床下でのくだりを経て)花道のスッポンから悪役仁木弾正が登場します。面白いのは、どちらも猿之助が演じているがゆえに、早替わりによって舞台の中心点がギュン!と変化すること。政岡という母親の物語から仁木の国崩しの物語へとフォーカスが一気に動き、政岡の悲しみが歴史の中でいかに取るに足らないものかという、残酷な現実が突き付けられたように感じました。
 また、外連味けれんみを重視した後半も、ちゃんとした深みがありました。特に味わい深かったのは、絹川与右衛門きぬがわよえもんが、高尾太夫たかおだゆうの乗りうつった恋人かさねを斬り殺すシーン。2人がもつれ合う様を猿之助が早替わりで演じるため、常に片方は顔が見え、もう片方は顔が見えない(ダミーの演者)という状態になります。それがなんだか不思議な効果をもたらしていました。表情の見える/見えないの切り替わりが、命のやりとりという限界状況における心理的なものへの想像力を掻き立ててくるのです。そして、いざ累に切りかかる寸前、猿之助は刀を上段に構えて、静かな表情で見得を切ります。その一瞬の姿がとても印象的でした。恋人を殺す。甘美で残酷な色気がその場にはありました。
 伊達の十役は、演技の引き出し、それも身体にきちんと馴染んだ演技の引き出しを役者が持っていなくては芸術としては成立しません。つまり猿之助のしなやかな演技力があってこそ。かつて市川海老蔵の『伊達の十役』を見たことがありますが、海老蔵よりも猿之助の方が、一つ一つの役の味わいが深かったような気がします。


④ 2021年12月 第3部



猿之助の『伊達の十役』に食われて印象弱め……)

1)『義経千本桜よしつねせんぼんざくら 吉野山よしのやま

 静御前しずかごぜん佐藤忠信さとうただのぶ源九郎狐みなもとのくろうきつね)が桜満開の吉野山を旅する道行物の舞踊。静御前中村七之助、忠信は尾上松緑


2)『信濃路紅葉鬼揃しなのじもみじのおにぞろい

 松羽目物まつばめものの舞踊。
 戸隠山にやってきた平維茂たいらのこれもちが高位の女性とその侍女の一団と出会い、酒を飲み交わします。しかし実はその女性たちの一団は、人を食らう鬼なのでした、というストーリー。
 平維茂中村七之助が、鬼女のボスを坂東玉三郎が演じます。配役が強い。七之助が男役を演じるのは珍しいですね。線が細くてめっっっっちゃイケメンでした。美。美。美。玉三郎は後半鬼としての正体を現し、同じく正体を現した侍女たちとともに暴れるのですが、自分は暴れる玉三郎そこまで好きじゃないかも。前シテの玉三郎は良かったです。紅葉の装束を身にまとって、大体同じ格好をした侍女たちとともに能っぽい感じで踊る姿が幻想的でした。幽玄坂46でした。


⑤ 2022年4月 第2部



1)『江戸絵両国八景えどえりょうごくはっけい 荒川あらかわ佐吉さきち

 佐吉さきちというやくざの子分が、ひょんなことから卯之吉うのきちという盲目の赤ん坊を男手だけで育てることになる、という真山青果まやませいか作の世話物せわもの狂言。主人公の佐吉を松本幸四郎が演じます。これが人情味に溢れていてもうめっちゃよかったんです。
 まず、真っ正直で優しい佐吉が、とにかくかっこいい。「無法に負けるんじゃねえ、無法で勝つことを恥と言うんだ!」など、佐吉の口から名言がたくさん飛び出す。自分の利益のために自分の筋を曲げるということを絶対にしないのが佐吉という男です。そして、卯之吉に対する佐吉の思いが、幸四郎の演技を通して強く胸に響いてきます。卯之吉を返してほしいと頼みに来た本当の母親に対して、自分がいかに卯之吉のことを思ってこの年月を過ごしてきたかを語るシーンは、どうしようもなく涙が出てきました。
 特に心に残ったのは、ラストシーン。最終的に佐吉は、卯之吉を親のもとに返すことが彼の将来のためになるとやくざの大親政五郎せいごろうに諭され、卯之吉との別れを決意します。そしてそのまま佐吉は、江戸を去り旅に出ることを決心します。それまで佐吉は、盲目の卯之吉に寄り添うために、自分自身、目から入る楽しみを全て断って過ごしてきました。でももうその必要は無くなったからと、佐吉は最後、向島の桜を見てから江戸を抜けることにします。桜の下で大親分と最後の酒を交わし、出発する佐吉。しかしそこへ卯之吉がやってきて「おとっつぁん!」と声をかけ引き止めます。けれど、もう卯之吉は良家の子どもで、佐吉はもう父ではありません。佐吉は「ぼっちゃん、お達者で」と返し、そのまま満開の桜の中をひとり去っていくのでした。
 佐吉が最後に桜を見るのはもちろん、ただ単に桜を見たかったからではありません。それは、卯之吉と生きた時間と無理やり決別するためです。視覚的に美しいだけではない、たくさんの感情が乗ったとても粋なラストシーンでした。余韻がやばかったです。


2)『義経千本桜よしつねせんぼんざくら 時鳥花有里ほととぎすはなあるさと

 忠信や静御前サイドではなく、義経一行を描いた舞踊です。『荒川の佐吉』の余韻がすごくて正直印象に残っていない…。


⑥ 2022年5月 第2部



1)『しばらく

 いわずと知れた歌舞伎の代名詞。オリンピック開会式に出てたやつ。生で見るのは実は初めて。
 ストーリーは次のような感じ。悪役清原武衡きよはらのたけひらが自分の意に従わない人々の首を家来にはねさせようとしています。そこへ響く「し~ば~ら~く~」という声。そして声の主である鎌倉権五郎景政かまくらのごんごろうかげまさがやってきて悪人たちをけちらし、なんかいろいろ問題を解決して去っていきます。超シンプル。物語の深さというより、これでもかというくらいの荒事あらごとの様式美を楽しむ演目です。
 権五郎を演じるのは市川海老蔵海老蔵を生で見るのも相当久しぶりです。私、海老蔵の演技あまり好きじゃないとか言って斜に構えていたのですが、海老蔵の「し~ば~ら~く~」の声が響いてきたら結局テンションが上がってしまいました。そして海老蔵の権五郎、流石の迫力と言わざるを得ません。登場時の口上では「久方ぶりの歌舞伎座」「オリンピック以来1年ぶりのこの装束」なんて言って客席を笑わせていましたね。花道に陣取る海老蔵、強そうすぎるし、むしろこいつがラスボスなんじゃないかくらいの見た目でした(でも衣装のせいで歩きづらそう笑)。やがて海老蔵が舞台中央に移動すると、そのまますぐに元禄見得タイムに入ります。あーりゃー。あーりゃー。衣装の準備をする海老蔵の周りをみんなが回って時間を稼ぎます。無理矢理です笑。流れもくそもない。暫とかいう演目、元禄見得決めたい気持ちがあまりに前面に出過ぎている……。でもそのわけわかんなさが歌舞伎ですよね。そして、いろいろ解決して海老蔵が花道を退場する時には「やっとことっちゃうんとこな」のかけ声。これも久々に聞きました。荒事といえばこのかけ声です。いやー、爽快だった。


2)『土蜘つちぐも

 土蜘の精が糸をシャーって出しながら暴れる松羽目舞踊。ちょうど一年前に尾上松緑のシテで見ていて、このブログに記事を書きました(歌舞伎を見た話:「三人吉三巴白浪」「土蜘」 - 深呼吸の時間)。今回は土蜘の精を尾上菊之助、源頼光よりみつ尾上菊五郎平井保昌ひらいやすまさ中村又五郎が演じました。また、僧が妖だと気付いて警告を発する太刀持音若たちもちおとわか菊之助の息子丑之助。菊之助千筋ちすじの糸の投げ方が上手な気がします。舞台がわちゃわちゃしておらず、幕引きの絵も綺麗でした。


⑦ 2022年6月 第2部



1)『信康のぶやす

 21歳の若さで亡くなった徳川家康の嫡男、信康の悲劇を描いた物語。長篠の合戦の後、織田信長が天下を目指す一方で、家康がまだ一介の戦国大名だったころのお話です。
 信康は三河岡崎城の城主。父家康の穏やかさに不満を持ち、情け容赦の無い信長に武将としての憧れを抱いています。しかしそんな信康が信長からいわれなき謀反の疑いをかけられ、家康は息子の始末を信長に命じられてしまいます。なんとか息子を救おうと策をめぐらす家康。そんな父の自分を思う気持ちを理解した信康は、あえて父の手をはねのけ、父の築いてきた徳川家の未来のために自ら死を選ぶのでした。
 信康を演じるのは17歳の麗しき市川染五郎。彼が初めての主演を務めるとのことで見に行ってきたんですよね。爽やかで気持ちの良い演技でした。染五郎というと自分の中では線が細いイメージでしたが、生き生きとした若武者を力強く演じていて、立派に主演を果たしていましたね。声の出し方が以前よりかなりしっかりしたというか、こんなに太い声出せるんだと驚きました。ただ、後半の二俣ふたまた城で月を見ながら自らの運命を嘆くシーンなんかはもっとしっとりとした演技でもいいような気も。でも、あの終始勇壮さを失わない演技も、逆にその勇壮さの殻で守られた若者の心の脆さ、危うさを感じさせてあれはあれで良いのだと言えるかもしれません。なんにせよ17歳であの演技はすごいと思います。染五郎の今後のさらなる成長を見守っていくのが楽しみですね。
 ちなみに家康を演じたのは染五郎の祖父松本白鸚。この家康も良かったです。「徳川家康」であった家康が、腹を切った息子に駆け寄る瞬間に、ただの「父」に変化するんですよね。さすがという感じでした。
 そういえば今年の8月には、染五郎が出る『東海道中膝栗毛とうかいどうちゅうひざくりげ』が帰ってくるとのこと。『信康』を経た染五郎梵太郎ぼんたろうは、果たしてどう変化していることやら。


2)『勢獅子きおいじし

 江戸のお祭りという設定の舞踊。もとは曽我祭という設定で、今は日枝ひえ神社の山王祭という設定になっているそうです。いろいろな人がにぎやかに踊る感じのやつ。出演は中村梅玉尾上松緑中村扇雀中村雀右衛門など。後半に出てくる獅子舞がすごかったですね。





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おわり。まとめてみたらなんか思ったより歌舞伎見てました自分。