深呼吸の時間

ラブライブとか,読書とか

日記:ぜんりー

 

クラスの友達(男)がふざけてZenlyをインストールしたというので、僕もノリでインストールした。

 

Zenly。

登録した相手の位置情報が相互に表示されるアプリだ。浮気の監視ができる。

ラブホとかにいると相手にそれがわかる。

メンヘラ御用達の束縛のための道具というイメージ。なんでこんなものが世の中に存在しているんだろうか。僕は今までポインティの動画の中でしか知らなかった。

ちなみに近い将来サービス終了するらしい。

何事も経験である。1週間だけやろうと言って、その友達と互いに登録し合った。

 

今、僕のZenlyの地図上には、変な野郎の気持ち悪い顔写真と、僕の美しい顔写真(とある女性声優の写真を借りた)がポツンと表示されている。

クラスの別の友達いわく、Zenlyをやると絶対に後悔するという。なるほど、異性を相手にやると確実にトラブルになるだろうが、野郎同士でふざけてやる分には問題ないだろう、きっと。

ここから1週間、メンヘラのすなるZenlyというをわれもしてみむとてするなり、である。

 

そういえば、さっきやつに送ったLINEの返信が無い。

Zenly見たら普通に家にいるんだが。何してやがるんだあの野郎。きえー。

 

日記:べてるまつりを見た

 

今日の昼間は、浦河べてるの家の「第30回べてるまつり」(オンライン開催)をZOOMで見ていた。

 

浦河べてるの家は、北海道浦河町にある、当事者研究で有名な社会福祉法人。僕が精神保健福祉の領域、広く言えばケアの世界に興味を抱くようになった原点の一つである。

べてるまつりが毎年開催されていることは知っていたが、参加するのは今回が初めて。精神保健福祉士を目指している今年こそ、本でしか知らなかったべてるの空気に直接(オンラインだけど)触れてみようと思ったのだ。

ちなみに参加費3800円(ちょっと高い笑)。

 

べてるの家から届いた記念品。うれぴい。
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日記:たまに日記書こうかなという気持ち

 

最近このブログを更新していないのだけど、ここで日記のようなものを書いてみようかなと思う。

たぶん毎日書くわけじゃない。気が向いたときだけ。

 

今年度の僕は、精神保健福祉士の資格を取るために専門学校に通っている。

興味のあった世界の知識や情報を浴びるように摂取して、語り合ったり遊んだりできる友達もそれなりにできて、実習やなんかでは新しい経験をいっぱい積めて、なかなか充実した年になっている。

 

でも、そうやって外界からたくさんのものを得る日々の中で、どこか自己というものの掴み所がわからなくなってきている感覚がある。

新しい知識に触れる、新しい体験をする、他者と語らう。嵐のなかにいるように、そんな時間が目まぐるしく入れ替わって訪れる。

それとともに、僕自身もつどつど変化する。

まるで自分が分裂していくようだ。

今の日々の中で自分の中に入ってきているたくさんのものが、まだ自分の深い部分にうまく接続できていないように感じる。

自己がまとまらない。僕はそういう感覚に不安をおぼえる。

 

ふと、文章を書いていないからかもしれない、と思った。

もちろん学校の課題などで文章を書く機会はある。でもそれは、精神保健福祉を学ぶ学生としての文章だ。どういうことを書けばいいのかという正解がなんとなくあって、それになんとなく方向づけられた文章、いわば他律的な文章だ。

そういうのではない、もっと落ち着いて、僕個人の中に潜っていって、僕個人の内側から言葉を引き出していくような、そういう文章を最近書いてないのだ。

 

何千字というレベルのしっかりした文章を書く余裕は今の僕の生活には無い。ライブに行った感想とか、読書記録とか、ほんとはじっくり書きたいのだけど。

だから、せめて日記のような煩雑な形で、僕個人の言葉でできた文章を書く機会を作ろうと思った。

徒然なるままに。深呼吸のようなものだ。

 

ああ、続くといいね……。