早いもので2023年ももう終わろうとしている。
何か今年一年を振り返るものを書いておきたいなと思い、2023年に観劇した歌舞伎の内容をまとめてみることにした。あくまで自分の備忘録用にであるが。
- ① 5月歌舞伎座 夜の部
- ② 6月歌舞伎座 夜の部
- ③ 6月歌舞伎座 昼の部(一幕見席)
- ④ 8月歌舞伎座 第2部
- ⑤ 8月歌舞伎座 第3部
- ⑥ 9月歌舞伎座 夜の部
- ⑦ 11月歌舞伎座 夜の部
- ⑧ 12月新橋演舞場
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② 6月歌舞伎座 夜の部
1)『義経千本桜 木の実・小金吾討死・すし屋』
歌舞伎を代表する戯曲『義経千本桜』の三段目。三段目の主人公である小悪党・いがみの権太を片岡仁左衛門が演じた。しかし確か眠くなっていてあまり内容を覚えていない…。
2)『義経千本桜 川連法眼館』
「四の切」と呼ばれる、『義経千本桜』のもっとも有名な箇所。源義経の家来佐藤忠信に化けている狐(狐忠信)が活躍する。忠信と狐を演じたのは尾上松緑。
本物の忠信が詮議を受けるために退場するシーンの見得が美しかった。以前市川猿之助の狐忠信を見たことがありその時は宙乗りで幕引きだったが、今回は宙乗りは無しで、狐忠信が桜の木に登って幕引きという演出。音羽屋型というようだ。
③ 6月歌舞伎座 昼の部(一幕見席)
○『児雷也』
河竹黙阿弥による脚本で、盗賊の児雷也(演:中村芝翫)が蝦蟇の妖術を仙人から授けられる話。ガマガエルも登場して活躍(?)。シュールだった。最後は芝翫の六方による引っ込みで終わり、迫力があった。
児雷也は漫画『NARUTO』に登場するジライヤの元ネタらしく、それで興味を持った。同じく『NARUTO』に登場する綱手と大蛇丸もここに元ネタがあるらしい。今回の演目には綱手も登場(演:片岡孝太郎)。
この日は初めて一幕見席で観劇。4階席とはいえ1000円くらいで見れるのはお得だ。すぐ近くから大向こうのかけ声が聴こえてきたのが面白かった。
④ 8月歌舞伎座 第2部
1)『新門辰五郎』
幕末の京都を舞台に、京都を警備する2つの勢力の諍いが描かれる。真山青果作。
主人公の新門辰五郎(演:松本幸四郎)は、浅草町火消「を組」の棟梁。一橋慶喜の命で、上洛した将軍徳川家茂の警護をしている。辰五郎の「を組」と対立するのは、会津藩に仕える、会津の小鉄(演:中村勘九郎)の勢力。諍いを収めようとする辰五郎や小鉄の心意気が見どころ。
しかし正直、ストーリーが時代背景と密に絡んでいて難しかった。同じく真山青果作のヤクザ物「荒川の佐吉」をやはり幸四郎主演で上演したものを2022年に見てそちらがとても良かったため期待して行ったものの、話を追うのに精いっぱいで辰五郎の人情味を味わうところまでいく余裕がなかった。セリフ主体の劇で、視覚的な気持ち良さの要素が少なかったことも難しい印象に拍車をかけていた感じがする。
2)『団子売』
短めの舞踊。団子売りの夫婦が団子を作ったり売ったりする様子を、坂東巳之助と中村児太郎が踊る。終盤はおかめのお面をつけて踊る。
こちらは「新門辰五郎」と対照的な明るい雰囲気で、晴れやかな満足感を得られるデザートのような舞台だった。団子作りには子孫繁栄の意味もこめられているそう。
⑤ 8月歌舞伎座 第3部
○『新・水滸伝』
スーパー歌舞伎の系譜に位置づく作品。もとは市川猿之助主演の予定だったのだが、猿之助の事件があったため中村隼人が代わりに主役・林冲を務めた。舞台は中国北宋時代。腐敗した朝廷に反抗する悪党の集団「梁山泊」に、元朝廷軍の凄腕教官で天下一の悪党と噂される男・林冲が仲間として合流する過程を描く。
めちゃくちゃ面白かった。巧みに舞台装置を使い、息つく間もなく次々と舞台転換がされていく。たくさんのキャラクターが出てくるという意味で複雑ではあるが難しさは感じさせず、歌舞伎的な外連味に溢れたとにかく楽しい舞台。なんと、歌も歌う。中盤のクライマックス、敵に捕らわれた林冲を梁山泊の皆で助けようと出陣するシーンで、「われら梁山泊~♪」と皆でミュージカルのように歌う。気持ち良すぎる。ぶちゃいくな男王英(演:市川猿弥)と敵の女戦士青華(演:市川笑也)とのかわいらしい恋模様もあり、ほっこりもさせられた。
だが何よりも、隼人が立派に猿之助の代役を務めており、すごい。2年前に猿之助・隼人の交互主演の『新版 オグリ』を(無観客配信で)観た時には、特に、失墜した主人公の心情を重厚に表現することにおいて、隼人の演技は猿之助に及ばない印象を持った。でも、今回の隼人の演技は、その時と比べてはるかに厚みを増していた。志を失い酒に溺れていた林冲の姿の説得力が違う。それゆえに、立ち上がった姿の迫力も違う。中村隼人が、ヒーロー性だけではない、歌舞伎を背負って立つ役者へと成長したことを感じさせられた。
猿之助には今まで大いに楽しませてもらったがために、今年のあの事件はとてもショックだったけれども、歌舞伎の看板を背負っていた役者が時折不意に退くことで次の世代の役者が輝き出すのも、歌舞伎の面白さの一つだ。
⑥ 9月歌舞伎座 夜の部
1)『菅原伝授手習鑑 車引』
歌舞伎の代表的な時代物『菅原伝授手習鑑』の特に人気のある一場面。何度も見たことがあり、私も大好きな場面だ。主要人物たちが対面し見得を切るという大変シンプルな内容。梅王丸が中村歌昇、桜丸が中村種之助、松王丸が中村又五郎、藤原時平が中村歌六。
2)『連獅子』
尾上菊之助とその息子尾上丑之助の2人による連獅子。丑之助君は9歳。一生懸命踊っていて、かっこかわいかった。あの小さな体で獅子頭をしっかり振り回すのだから、大したものだ。もし同じクラスの女の子がこの舞台を観に来ていたら、かっこよすぎて丑之助君を好きになってしまうだろう。
連獅子は、おととし11月に観た片岡仁左衛門と片岡千之助の祖父・孫による連獅子に大変感動させられた。この二人の連獅子が、自分が今までに見た連獅子で一番完璧に動きがシンクロしていたように思う。丑之助君は今回が連獅子を踊るのが初めてであるようだが、ここから千之助のように成長していくだろう。菊之助・丑之助の親子連獅子をいつかまた見てみたい。
3)『一本刀土俵入』
母の墓前で横綱の土俵入りを見せることを夢見る弱小相撲取り、駒形茂兵衛(演:松本幸四郎)の物語。前半は若き頃の茂兵衛を、後半は10年後の博打打ちに堕ちた茂兵衛を描く。茂兵衛は若き頃に恩を受けた酌婦お蔦(演:中村雀右衛門)への恩義と思慕の念を10年経っても忘れておらず、お蔦との不意な再会の後、お蔦とその夫の危機に際して2人を救い出す、というお話。前半はぼんやりしていて頓珍漢な茂兵衛の姿に笑わせられた一方で、後半は切ない哀愁があった。
⑦ 11月歌舞伎座 夜の部
1)『松浦の太鼓』
忠臣蔵の外伝的位置づけの演目。以前にも見たことがある。
吉良邸の隣に住む大名松浦鎮信(演:片岡仁左衛門)は赤穂浪士が敵討ちを果たすことを望んでいたが、討ち入りの夜、屋敷に聞こえてきた陣太鼓の音から討ち入りを悟る。
2)『鎌倉三代記 絹川村閑居の場』
源頼朝亡き後の鎌倉幕府の北条時政方(京方)と源頼家方(京方)との勢力争いを描く時代物。京方の武将三浦之助義村(演:中村時蔵)と三浦之助の許嫁時姫(演:片岡梅枝)を中心にした場面。時姫は北条時政の娘でもあり、三浦之助の母を手にかけて三浦之助と縁を切るよう時政に命じられている。他方で三浦之助は、自分が討ち死にした後に時政を討つよう、時姫に迫る。
なんとも血なまぐさい話で、父と夫の間に挟まれる時姫がかわいそうであった。
3)『顔見世季花姿繪 春調娘七種・三社祭・教草吉原雀』
三つの演目が組み合わさった舞踊。テンポよく舞台転換が行われ、次の踊りに移行していく。
一つ目の「春調娘七種」では、曽我五郎(演:中村種之助)と十郎(演:市川染五郎)の兄弟が静御前(演:尾上左近)を挟んで踊る。二つ目の「三社祭」では、2人の漁師(演:坂東巳之助・尾上右近)が踊っている所に黒雲から善玉と悪玉がやってきて2人に取り付く。三つ目の「教草吉原雀」では、男女の鳥売り(演:中村又五郎・片岡孝太郎)の踊りに途中から鳥刺しの男(演:中村歌昇)が加わり、最後には鳥売りが雀の精の本性を現し、鳥刺しも鷹狩りの侍という素性を明かす。
特に良かったのが「春調娘七草」。3人とも若手で、顔が可愛い。種之助が30歳、染五郎が18歳、左近が17歳である。タイプの異なるイケメン兄弟(五郎と十郎)とその間に挟まれる可愛い女の子(静御前)という少女漫画のような構図で、大変キュートで萌えであった。ずっと見ていたかった。なぜ曽我兄弟と静御前が一緒に踊っているのかは最後までわからなかった。
尾上左近は松緑の息子だとのこと。5月に観た「達陀」で若き日の集慶を美しく踊っていたのも左近だった。今後少し注目してみたい。
⑧ 12月新橋演舞場
○『新作歌舞伎 流白浪燦星』
『ルパン三世』がまさかの歌舞伎化。流白浪燦星を片岡愛之助、石川五右衛門を尾上松也、次元大介を市川笑三郎、峰不二子を市川笑也、そして銭形刑部を市川中車が演じる。
歌舞伎には安土桃山時代に実在した大盗賊石川五右衛門を主人公にした作品がある。今回の歌舞伎版ルパン三世は、そのつながりで安土桃山時代に時代を設定し、ルパン一味を、原作とは全く異なった和風の装いにアレンジして登場させる。全く異なってはいても、うまく特徴を捉えたアレンジになっているのがすごい(峰不二子なんかは花魁の格好をしている)。
セリ、早替わり、だんまり、六方での引っ込みに本水など、派手な演出がふんだんに用いられたエンターテイメント作品となっており、「卑弥呼の金印」と呼ばれるお宝とそれを手にする鍵となる二本の刀をめぐって物語が展開される。ネットで情報を知った時から絶対に面白いに違いないと思っていたが、期待以上の面白さに終始心躍らされた。
何が特にすごいかと言うと、ルパン三世の文脈を歌舞伎作品の文脈と絡める趣向の巧みさだ。
例えば、石川五右衛門は最初、歌舞伎の古典『楼門五三桐』の五右衛門として、南禅寺山門の2階に登場する。そこにルパンが現れ、次元が現れ、不二子が、そして銭形が現れ、最後に五右衛門が『流白浪燦星』の五右衛門に早替わりをする。こうして、歌舞伎古典の世界線とルパン三世の世界線が一つに交わる。あるいは、エピローグ部分では、主要キャラクター五人が「流白浪」と書かれた傘を持って花道から出てきて並び、ひとりずつ七五調の名乗りを挙げる。これは有名な『白浪五人男』のパロディである。
ルパン三世と歌舞伎の世界観は、一見全く異なるように見える。だが歌舞伎には、悪党や盗賊を題材にした「白浪物」の系譜が存在する。『流白浪燦星』は、ルパン三世を、その白浪物の延長上に位置づけ、イロモノというよりもむしろ歌舞伎の「王道」として表現しようとしたのだと言える。「ルパン」を「流白浪」と書く表記はよく考えたものだ。ルパン三世には詳しくないけれども、歌舞伎ファンとして見たいものがこの舞台には詰め込まれていた。
それと、松也演じる石川五右衛門が超かっこよかった。悲哀を背負ったクールなダークヒーローという感じ。
おまけ:高麗屋展
日本橋高島屋で春に開催されていた高麗屋展にも足を運んだ。松本白鸚・幸四郎・染五郎の衣装やこれまでの写真、本人たちの描いた絵、ぼん吉(ぬいぐるみ)用に作った衣装などを見ることができた。
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今年もなかなかに楽しんだものだと思う。特にインパクトを残しているのは『新・水滸伝』や『流白浪燦星』であるが、『髪結新三』や『連獅子』、『春調娘七種』など思い返せば色々と良きものを見ている。
今年は、歌舞伎の楽しみ方に少し変化があった。今までは一人で行くか歌舞伎好きの母と行くかだけだったのに対し、今年は中盤から人と一緒に歌舞伎を観劇するようになったのだ。感謝するべきことだと思う。また、コロナ五類移行に伴い復活した一幕見席にも初チャレンジした(歌舞伎座がもっと家から行きやすければ頻繁に一幕見席を活用するのだが)。
さあそろそろ年が変わる。2024年も楽しんでいこう。