MOMENT ICHIKING

ラブライブデイズ、指にキラリ。

優木せつ菜を推すよ

0. はじめに

 どうもこんにちは。今回は、“ずっと書きたかった”シリーズその1「虹ヶ咲の推しを決めたぜ!」を書いていこうと思います(シリーズ化の予定はありません)。

 虹ヶ咲1stライブの少し前のことですが、私はかねてより決めかねていた虹ヶ咲の推しを、優木せつ菜ちゃんに決めました。んでどうせなら1stライブ前にせつ菜について語るブログを書き、それとともに「推しを決めたぜ!」宣言をするという決意表明的な儀式をやりたいと思っていました。

しかし修士論文とかいうくそ野郎に圧力をかけられていたせいでその願いは叶えることができず、ライブ直前にひっそりとツイートするにとどまっていました。

なのでその儀式を遅ればせながらラブライブ!フェス直前の今やることにします。あんまりフェス前っぽくない記事ですが、虹ヶ咲を応援していく上でのけじめとして、フェス前にこれを書いておこうと思います。

 

 本記事は大きく2つに分かれます。せつ菜に対して感じた魅力を語るせつ菜語りパートと、彼女を推そうと思った私の気持ちを語る自分語りパートの2つです。コンパクト目(当社比)なので、どうぞ最後までお付き合いくださいませ。

 

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1. せつ菜に感じた魅力

 まずは優木せつ菜の魅力を私なりに語ってみようと思います。とはいえ、せつ菜がどんなキャラなのかというのを整理してくれているブログは私の知っている限りでもいろいろあるので、改めてだらだらと語る必要は無いかもしれません。

ashikaouou.hatenadiary.jp

gochiusunshine.com

daison1128.hatenablog.com

ここでは一点だけ取り出しましょう。私がせつ菜に対して感じている最も大きな魅力は、彼女の子どものような「無邪気さ」にあります。

 

 優木せつ菜というキャラクターへの私の第一印象は、「熱血」あるいは「エネルギッシュ」というものでした。意気込みコメントいわく、彼女には「野望」があり、それは、“大好き”を世界中に溢れさせるということ。

私ね、実は大きな野望があるんですっ!

ちょっと恥ずかしいけど勇気を出して言いますね。

それは『大好き』を世界中に溢れさせちゃうスクールアイドルになることなんですっ!

〔…中略…〕

そんな、誰もが大好きを言えちゃう世界を、私はもっともっと広げていきたいんですっ!

(せつ菜の意気込みコメントより ラブライブ!スクールアイドルフェスティバル ALL STARS(スクスタ) » 優木 せつ菜

暑苦しいです。まず「野望」という言葉がどう考えても暑苦しい。そしてスクスタがリリースされて判明したのは、スクールアイドル「優木せつ菜」は、虹ヶ咲学園の生徒会長中川菜々の、世を忍ぶもう一つの姿だということでした。生徒会長をやりながら、裏では一人で謎の人気スクールアイドルとして活躍している。魔法少女か。???「クラスのみんなには、内緒だよ!」エネルギッシュです。でも実を言うと、こうした熱血・エネルギッシュというイメージしか持っていなかったうちは、せつ菜というキャラに関してあまりピンと来ていませんでした。常人離れした器用さを持ったキャパシティおばけなのかな、くらいの印象しか持っていませんでした。見た目も特に好みというわけではありませんでしたし…(見た目が好みなのは歩夢ちゃん)。

 

 でもスクスタのメインストーリーやキズナエピソードを進めたり他のオタクの語りを聞いたりしているうちに、そうした印象は少しずつ変化していきました。感じるようになったのは、一見した印象に反して、彼女は不器用で、そして、ただ単に無邪気なんだということです。

    まず、せつ菜はただのオタクでした。スクールアイドルが大好きで、また、アニメやマンガ、ラノベ等、サブカルが大好き。それと同時に、彼女は真面目でもありました。例えば、ごく当たり前にルールは守るし、宿題も当然のようにちゃんとやる。えらすぎる。メインストーリー第9章で語られたように、生徒会長をやるということも、小学校の時からそうしてきた彼女にとっては、改めて考えるまでもないほどに自然なことでした。

 こうしたことを知るにつれてわかってきたのが、彼女は思いの外不器用なんだということです。彼女は自分の“大好き”の気持ちを思いっきり外に出すことができない息苦しい環境にいました。でも、だからといって彼女は、自分を育てた環境を否定したいという気持ちを持っていたわけでもなかったのだと思います。“大好き”の気持ちを素直に表現できる場が欲しいけど、これまで自分の育ってきた環境を壊したいわけでもない。そんな板挟み。きっと彼女は、中川菜々のままでは、この板挟みからどう抜け出したらいいのかがわからなかったのでしょう。「優木せつ菜」という名前は、そんな彼女が、自分の“大好き”の気持ちに居場所を与えようとして一生懸命作ったシェルターのようなものだったのだと、私は理解しました。眼鏡を外し、髪をほどき、そしてスクールアイドルの制服と「優木せつ菜」という名前を身にまとうことで、中川菜々は逆説的に、“本当の自分”でいられるようになる。不器用な彼女にとって、“大好き”に居場所を与えるためには、そうすることが必要だったのです。

    だからおそらく、せつ菜の熱血さやエネルギッシュさの奥底には、私が一見して抱いた印象とはまた少し違ったものがあるのだと今は感じています。彼女は常人離れして器用なキャパシティおばけだというよりも、ただシンプルに、自分自身であろうとしているだけなのです。何にも気にすることなく、曇りの無い声で、自分の“大好き”を叫びたいだけなのです。せつ菜が熱血でエネルギッシュに見えるのは、彼女が“大好き”に没頭できる自由をただ無邪気に楽しんでいるからなのでしょう。つまり、優木せつ菜の根底にあるのはきっと、まるで子どものような、無邪気さなのだと思います。

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せつ菜キズナエピソード第12話より

 そうして見えてきたせつ菜の無邪気さが、私の目にはとても魅力的に映りました。彼女のあり方は本当にシンプル。自分の“大好き”の気持ちに正直になろうとしているだけ。無邪気に自分自身であろうとしているだけ。特別なあり方では決してありません。でも重要なのは、彼女にとってはそれは当たり前のものではなかったということです。そのあり方は、彼女がやっとのことで手に入れたものでした。だから私は、彼女の何の曇りも無い晴れやかな笑顔を見ると、すごく嬉しくなってしまいます。心の底から楽しそうに笑う彼女の姿を、たまらなくいじらしく、いとおしく感じてしまいます。私が優木せつ菜に対して感じている魅力の核は、おそらくこうしたところにあります。

 

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2. なぜ自分はせつ菜を推すことにしたのか

 もちろん他の子にだってそれぞれの魅力があります。ではなぜその中で優木せつ菜を推しにしようと思ったのか。ここからはそんなちょっとした自分語りをしたいと思います。私がせつ菜を推すことにしたのは、彼女が自分と重なる気がしたから。あるいはより正確に言うなら、彼女のあり方が、私のそうありたいと思うあり方に一致するような気がしたからです。


 せつ菜の2つ目のソロ曲、「MELODY」。それを初めてしっかり聴いたのは、「ハートの磁石を握って」と題した自分語りブログを書き終えた直後でした。

ichikingnoblog.hatenablog.com

金欠で2ndアルバムを買えていなかったのですが、アニュータで配信が始まって、それでフルを初めて聴いたんですね。んで思いました。優木せつ菜、俺か?と。自分がブログに書いたこととこの曲の歌詞があまりにも重なるように思えたからです。私はその時こんなツイートをしています。

最後の方ちょっと何言ってるのかよくわからないですが、何かしら響いたんだということはよくわかると思います。この時は、まだ虹ヶ咲のメンバーのキズナエピソードをあまり読めていなかったこともあって、推しを確定させるのはもうちょっと取っておくことにしたんですが、思えばこの時に受けた衝撃がやはり決定的でした。

 

 上記の記事で書いたのは、ラブライブ!サンシャイン‼のオタクをする中で自分が経験した心境の変化の話です。詳しくは実際に読んでいただけると嬉しいのですが、その中で私は「ダイスキ」という言葉をひとつのキーワードとして用いました。

いつからか私は、私の見る『ラブライブ!サンシャイン‼』の中に、他者のダイスキを見るようになっていったのだ。

ハートの磁石を握って - MOMENT ICHIKING

 

ラブライブ!サンシャイン‼』についての語りの場は、ダイスキによって織りなされる空間だ。〔…中略…〕つまりそこは、ダイスキに浸る自分が素直に息をすることができる空間だった。

ハートの磁石を握って - MOMENT ICHIKING

語ったのは、ダイスキの気持ちが注ぎ込まれた言葉たちによって作り出される語りの空間が、自分も言葉を紡ぎたいという衝動を私の中に生じさせたということ、また、そうしてダイスキを込めた文章を書いたということが、私にささやかな自信を与えたということでした。私はそこに一つの新しい自分を見つけたような気がして、それで、これまで自分が縛られてきた夢に背を向けても大丈夫だと思えるようになった。そんな感じのことを、私は記事に書きました。

 

 この記事を書いたとき、私は「ダイスキ」という語によって自分の経験をせつ菜の話と結びつけたかったわけではありません。もちろんこの言葉を使う上で、せつ菜が「大好き」という語を頻用することは意識の中にあったものの、私がしたかったのはあくまで、自分の経験を精緻に言語化することだけ。敢えてカタカナを用いた理由の一つは、私の自分語りをせつ菜の話から切り離しておきたかったからです。

 でもそれなのに、上の記事を頑張って書いた直後に聴いた「MELODY」は、まるで私の気持ちを歌ったものであるかのようにしか聴こえませんでした。先ほど「新しい自分」という表現をしましたが、それって何だったのかというと、多分、何かが好きだという気持ちから来る衝動に無邪気に従っている自分のこと。それまで私は自分の「夢」に向かって頑張っているつもりだったんですがなぜかすごく息苦しくて、そんな中で思い至ったのは、その夢は「やりたい」という自分の意志によって選んだものというよりも、生まれながらの価値観に身を委ねた結果に過ぎなかったのかもしれないということでした。そのことに目を向けるのがずっと怖くて、でも上のような新しい自分を見つけたということがその勇気を私にくれて、それで結局私は、むしろその新しい自分をこそ大事にしていきたいと思うようになったんですね。今はこうやってさらっと書けますが、自分の心境の変化の正体はあの長いブログを書くことでようやく掴めたようなところがあって。そうやって自分の内面と向き合って記事を書き終えた直後の私の心に、「MELODY」の出だしの歌詞がぶっ刺さってきました。

好きなこと私だってここに見つけたんだ 

力いっぱい頑張れるよ  本当の自分だから

(優木せつ菜(cv: 楠木ともり「MELODY」, 作詞:鈴木エレカ, 2019年)

まじで自分の心境と重なりすぎてびっくりびっくり。せつ菜は自分の大好きの気持ちを見つけて、勇気を出して、それに素直に従う自分であろうとしている。自然と涙がこぼれてきました。ああ、自分とせつ菜って同じなのかもしれないなあ、と。より正確に言うなら、自分のありたいあり方ってせつ菜のようなあり方なのかもしれないなあ、と。

    他の子のキズナエピソードも読むと、それぞれ良さがあって、どの子もみんな魅力的だなあって思っちゃいます。みんな好き。これからも虹ヶ咲のみんなのことがどんどん好きになっていくだろうなあって思います。でもその中で推しに選ぶなら誰かってなると、やっぱり「MELODY」から受けたインパクトが忘れられなくて。虹ヶ咲1stの前までにゆっくり考えた結果、結局自分に一番近いのはせつ菜だよなあと思って、私は優木せつ菜を推すことにしました。彼女の心底楽しそうな子どものような笑顔を見ると、すっごいキラキラしてて、自分もこんなふうにありたいなあっていつも思っちゃう。だから、推すことにしました。

 

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4. おわりに

    今回の記事では、私が優木せつ菜に感じた魅力と、彼女を推そうと思った自分の気持ちを綴ってきました。 熱血でエネルギッシュな彼女の根底にあるのは、子どものような無邪気さ。そんな彼女はすごく可愛くて、元気がもらえて、魅力的だなと思います。それとともに、そんな彼女のあり方は、私自身がありたいあり方を思い起こさせてくれるものでもあって、だから、私は優木せつ菜を推すことにしました。ああ、せつ菜、君の笑顔と一緒に、私は時を歩んでいきたい。結婚してくれ

 

    というわけで、“ずっと書きたかった”シリーズその1「虹ヶ咲の推しを決めたぜ!」を書いてきました。この記事をラブライブ!フェスの当日に上げる意味は本当によくわかりませんが、ここまでお付き合いいただきありがとうございます。それではみなさん、ラブライブ!フェス、楽しみましょうね!

 

 

***Thank you for reading***